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『giinika』10号、特集「残す仕事−フィルム、記録、記憶」のこと

ふたたびの寒波到来に備えて追加の冬支度に慌てつつ、日々のニュースに暗澹たる気持ちですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。 そして昨年末に出来上がりましたgiinika10号、早速たくさんの方にお求めいただいておりまして、どうもありがとうございます涙 10号のご感想をメールでお寄せくださる方もいらしたり、配本時にバックナンバーのご感想を直接伝えてくださるなど、ありがたい思いでいっぱいです。

さて10号についてのご紹介をと思いながら大変遅くなってしまいましたが、10号特集「残す仕事−フィルム、記録、記憶」のきっかけとなりましたのは、長い準備期間を経て昨年春に「映画の都2025プロジェクト」が立ち上がり、そのプロジェクトに参加する機会をいただいたことでした。

映画の都2025プロジェクトとは、1989年の第1回山形国際ドキュメンタリー映画祭を記録した映画『映画の都 山形国際ドキュメンタリー映画祭’89』(監督:飯塚俊男)の未公開ネガフィルムがデジタル化されたことから、それら映像の上映を通じて、当時を知る人たちと知らない世代とが、ともに言葉を交わし合う機会をつくろうというものでした。そのプロジェクトを「ぜひやろう」と動き始められたのは、当時映画祭開催のために活動した市民有志の「YIDFFネットワーク」メンバーのお一人である桝谷秀一さんと、現在の山形国際ドキュメンタリー映画祭副理事長の藤岡朝子さんでした。

プロジェクト・リーダーとなられた藤岡朝子さんは、新作の制作と上映ワークショップを想定されてすでに助成金の確保にも奔走されており、私はワークショップの手伝い係としてお声がけいただきましたのですが、プロジェクトがとても興味深い一方で、自分の立場から一体どんなふうにプロジェクトに貢献することができるものか、正直なところ最初はあまりよくわかりませんでした。けれども、それはこれからみなさんとのやりとりのなかで見つけていくことなのだろうと思われて、まずはみなさんのお話を聞かせていただかなければと打ち合わせに参加しました。

プロジェクトの打ち合わせには、藤岡さんと桝谷さんのほか、『映画の都』未公開ネガフィルムのデジタル化に現場で深くかかわられた大江悠太さんも参加され、その未公開フィルム映像や、大江さんがそれらをもとに構成・編集された『ミラーワークス’89 山形市中央公民館』の原型となる映像などを実際に見ては話し合うことを繰り返していきました。それらの映像は、どれもこれまで知り得なかった映画祭の原風景を写し出すもので、映画祭への意気込みを語るYIDFFネットワークのお一人おひとりの姿や、小川紳介監督のスピーチ、デイリーニュース編集部のみなさんの緊迫した議論などを見ていると、当時集まられた方々の間にあった空気、戸惑いや熱意が直に画面から伝わってくるようで、しばしば驚きに包まれました。しかしながら、そうした映像を見ていてもっとも印象的だったのは、本プロジェクトの発起人である藤岡さんと桝谷さんがその映像を見つめる姿、あまりに他意なく口からこぼれ出ている感動のつぶやきでした。「この映像をただ、あらゆる世代の人たちと見たい」。それが、山形国際ドキュメンタリー映画祭をこれまでつくってこられて、これからもなおつくり続けようというお二人の思いであることに、フィルムとは何だろう、記録とは何だろうということを、半年ほど立ち止まって考えるきっかけをいただいたように感じています。

そのようなことから、映画の都2025プロジェクトを、第1回映画祭にも現在の映画祭にもやや距離をもちつつ心を寄せる一個人の立場で記録するとしたらどういうことかと考えながら、10号特集冒頭では、映画の都2025プロジェクトの経緯や、デジタル化およびプロジェクトにかかわられた専門家や映画人、市民による映画祭でのトークショーの内容などを中心に紹介しています。 そして、フィルムとはなにか、映画とはなにかという問いを一層拡げてくださるような、これまでの映画の歩みを受け継ぎながらいまもなお地道に丁寧に残す仕事と向き合う方々に、お話を伺ったり、寄稿いただいたりしています。

『映画の都』に関するフィルムや音声テープをはじめ、貴重な日本映画やアニメーション、ホームムービーのフィルムを、個人と個人との関係性をもとに50年以上も守り続けてこられた、民間フィルムアーカイブである神戸映画資料館館長の安井喜雄さんのお話。

学生時代からフィルムアーカイブについて学ばれて、現在は山形国際ドキュメンタリー映画祭職員でいらっしゃりながら、フィルムの素材性に心を寄せ、ご自身でも身近な人たちとのホームムービーの上映を通じた体験の場をつくられている齋藤優稀さんのご寄稿。

ニューヨークのL・ジェフリー・セルズニック映画保存学校でフィルムアーカイブについて学ばれて、ホームムービーの探索と上映の貴重さ、おもしろさを体験する場づくりを地域活動とも接続しながら各地で実践してこられ、現在は山形ドキュメンタリーフィルムライブラリーの調査員でもいらっしゃる石原香絵さんのお話。

全国に先駆けて山形で生まれた市民出資の映画館フォーラムにてかつて上映されたフィルム作品と現在のデジタル上映におけるエピソード、映画館と映画とともにあり続ける人たちの存在に引き出されていく記憶や希望について、個人的な記憶とともに綴ってくださった、フォーラム山形スタッフの金子明加さんのご寄稿。

性被害という決して消えない苦しみにより色の失われた世界が現前する事実を、モノクロ写真で残し続けてこられた、写真家のにのみやさをりさんのご寄稿。当時なぜ高感度のフィルム撮影を選ばれたのか。暗室で連日夜明けまで体験された痛切な時間のこと。記憶の痛みとともに、映画『魂のきせき』の撮影でふたたび暗室に立たれたときのこと。そしてそばにいた人の存在について。

山形国際ドキュメンタリー映画祭2023にて監督作品『Oasis』が上映され、昨年の映画祭には観客として参加されていた、映画編集者の大川景子さんのお話。最近では『旅と日々』をはじめ三宅唱監督作品に編集で参加され、印象深い映画体験とともにお名前を見つけることも多いですが、そうした大川さんの原点にあった学生時代のドキュメンタリー制作のこと、映画編集の教えを受けた井手洋子監督とのやりとり、それらと長くつながっていらっしゃるように思われる小学校での記憶について。

そして、2024年の山形ドキュメンタリー道場に参加されて肘折温泉での滞在制作を行われ、その後も撮影映像と時間をかけて向き合われ、ご自身による監督・撮影・編集作品『春、阿賀の岸辺にて』を完成された小森はるかさんのご寄稿。本作は山形国際ドキュメンタリー映画祭2025でも上映され、現在も上映活動が続いていますが、新潟水俣病患者の支援者であり、『阿賀に生きる』の製作発起人でもある旗野秀人さんを撮影するなかで、写すことはできないと思われたもの、映画に残したかったものなど、制作の経緯とともに自問の時間について綴ってくださっています。

記憶や語りに心が寄せられてしまうのはなぜだろうかとずっと考えていましたが、それは決して誰かに与えられる大きな物語には回収され得ない、一つひとつが唯一でありながら、一つひとつがすべてはわかり得ないような距離を保つものだからなのではということを感じています。そしていまある記録や映画のそばには、一つひとつの過程で、自らがもつ距離のもとに、それらを残そうとした人の意志と仕事があったことに思い至ります。そのとき、残したいと願いながらも残らなかったものの存在を思うとともに、いまこうして教わることのできる仕事のあり方を何度も振り返り、その方法を少しでも次の世代に残せるように記録せねばという気持ちをあらたにしています。

10号ではそのほか、おやまカフェ店員・呉晴惠さんによるご寄稿、アトリエこねるを主宰されている武田和恵さんとアトリエこねるアートサポーターを務めていらっしゃる池田洸太さんのご対談、毎度おなじみのたつのこ保育園つりちゃんのはなし、おっとり農園の丸山傑さんによる寄稿を掲載しています。 ぜひ10号も、みなさまどうぞよろしくお願いいたします。

写真はフォーラム山形のカウンターにいつも置いてくださっているgiinikaたち。各取扱店さんにも見本誌を設置いただいていますので、ぜひお手にとってご覧いただけましたらうれしいです。

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