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伊藤寛さんのこと

福島県の三春町元町長の伊藤寛さんが逝去されました。

伊藤寛さんに初めてお目にかかったのは、2016年のこと。三春町ご出身の高名なる建築家、大髙正人さんが設計された三春町の公共建築をめぐるツアーがあると知り、急遽ひとりで参加することになったことがきっかけでした。建築やまちづくり関係の方々をはじめ、大型バスも満席になるほどの参加者がいましたが、なかでも一際佇まいの落ち着いた年配男性が、昼食場所の窓際席で、静かに蕎麦をすすっていらした。私はバスの中で知り合った方に招かれて、促されるままそのテーブルにつき、ぱっと正対して目を合わせた伊藤寛さんは、その細めた目元に和やかながらもとても鋭い知性が光っていらっしゃり、一瞬圧倒されながらもそれ以上に引き込まれたのでした。

あれ以来、お手紙やメールのやりとりをしたり、娘が生まれた直後にもご自宅にお邪魔するとベビーベッドを準備してお連れ合いさんとともに待っていてくださったりと、家族ぐるみでご一緒させていただき、giinikaも創刊するや購読くださっていつもご感想のあたたかなメールをくださいました。幾重にも折り重なる思考を見せてくださる伊藤さんの言葉や文章に、いつも学び、考える機会をいただいてきました。

最後にやりとりをしたのは昨年12月。伊藤さんのインタビューが掲載された『建築雑誌』2024年9月号を送ってくださり、私はその感想や野菜や出来上がったgiinikaをお送りすると、やはり早々に御礼のメールをくださり、「感想など、あらためてお便りします」とおっしゃってくださったのでした。その後頂戴した年賀状にはいつものようにメッセージはなかったものの、ご家族のみなさんとご一緒のお元気そうな姿の写真があったので本当にうれしかったのですが、お別れはやはり突然にやってきてしまうのだとただ寂しく、これまでいただいてきた貴重な時間に、ただとめどなく思いをめぐらせています。

伊藤さんはいつも山形の有機農業の歴史や風土に思いを馳せられ、私たち家族の歩みをも力強く肯定してくださっていましたが、そうしてかけてくださる言葉のなかには、三春町の町政に携わられた偉大な24年間の裏側で、実現を願いながらも叶わなかった構想がおありだったことが静かに滲んでいらっしゃいました。かつて農林中央金庫にお勤めだった伊藤さんは、農協を基盤としたまちづくりの風景を思い描いていらしたこと、そして大髙正人さんが100年、200年という時間軸で見つめられた三春町の風景と、伊藤さんの構想された田畑とともにある風景とが、人の営みに基づくという点できっと重なるようになりながら、三春町のまちづくりが誠実な対話と調査のなかで進められてきたのだと、先の『建築雑誌』のお話を拝読してあらためて知り、感銘を受けるばかりでした。

伊藤さんの思いや、暮らしの豊かさ、そして原発事故の悔しさも、こうして受け取ってきたものを、これからどうつないでいけるだろうと茫然としますが、畑に立つなかで感じてきた風景のもつ力のようなものを、これからも伊藤さんとの対話の糸口として、まちのこと、人のこと、農のこと、つくることを考え続けていきたいと思います。

伊藤さん、本当にありがとうございます。でもやっぱり、寂しいです。

伊藤寛さんと娘と

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